殿様が家老に「火の用心」をいいつけた、というお話
- May 16th, 2012
友人に勧められて土光敏夫さんの本を読んでみました。
実はだいぶ前に読んだのですが、文中で紹介されていたエピソードがいまでもちょっと気になっているのでメモ的にエントリーしておきます。
■ 火の用心
「情報加工」と題されたそのエピソードですが、以下に引用しておきますね。
風のつよい日、殿様が家老に「火の用心」をいいつけた。家老は奉行に、奉行は与力に、与力は足軽に、逐次火の用心を伝えた。その夜、火が出て城は丸焼けになった。
この話を受けて土光さんいわく「企業におけるコミュニーケーションでもよくあること。社長が言ったことをそのまま伝えても意味がない。各段階はそれを鵜呑みにしないで、自分の言葉に翻訳することが肝要だ」と述べています。
ちょっと前に「戦略、戦術論」が話題になりましたが、そうした計画策定も大事ではありますが、実践レベルでは「それぞれが自分の段階で出来る事を考えぬくこと(もしくは考えてもらうこと)」が成果に直結しますよね。
そうしたことを説明するときに、アカデミックな用語でも良いのですが、このエピソードのような「たとえ話」もわりとわかりやすいのではないかな、自分もこういうたとえ話がうまくなりたいな、とつらつら思っていましたよっと。
ま、それだけです。
豊かにイメージが広がっていく「たとえ話」は形式知とともに暗黙知も伝えてくれるのでは、とまたしてもアカデミックな言い回しはもういいですかw。
ちなみにこうした「たとえ話」つながりで言えば次のようなお話も好きだったりします。こちらもあわせてメモしておこう。
ある舞踊の先生は、踊りを教えるときに「たとえ」をうまく使っている。彼女は、「もう少し丁寧に手を流して」という動きを「別れ際に恋人の手を離すときのように」と表現する。こうした「たとえ」を使うことで生徒はすぐにその動きを習得できるようになるのだという(出典は「上達の法則」だったような・・・)。
あ、ちなみに土光さんの本はこちらね。昭和な感じではありますが、言葉に重みがあって、素敵な本だと思います。

























